連係プレー
(サカモト)(竜馬がゆく)


我が家では、ただいま山科けいすけがブームである。夫が買ってきた『C級サラリーマン講座』が発端となり、家族が取り合いして読んでいる。息子も娘も情けないことに、読書といえばマンガのやからである。小学校5年の娘までが
「一番好きなマンガ家は山科けいすけ。」
と言い出す有り様。もっと夢を持つ少女でいてほしい。おかあさんはあなたぐらいの時には、赤毛のアンでドキドキし、宮沢賢治に涙したものなのよ。それが山科けいすけで大笑いですか。あーそうですか。
『C級サラリーマン講座』を御存じないかたのために言い添えると、上司への御中元にカラーひよこの詰め合わせを贈るような係長が出てくる4コママンガなのだ。この山科けいすけが坂本竜馬をモデルに幕末の志士群像をみごとに描き切ったのが『サカモト』である。これにすっかりいれこんだのが中3の息子、読み終わったその後がうるさいのである。しつこく感動を共有しようとする。


「西郷隆盛って、ほんとにきんたまがでかかったの?」
「噂じゃそうらしいけど・・・」
「きんたまのことだけ考えてたのかなぁ?」
「知らない。」
「桂小五郎はコスプレが好きだったみたいだね?」
「学芸会じゃあるまいし・・・カンガルーの格好はマンガだけでしょうが。」
「高杉晋作の顔はこんなに変だったの?」
「お母さんはこんな顔の人、見たことありませんっ。」
「沖田総司って、すごいよね。胸を叩たくと血を出せるんだよ。」
「あんたね、そんなおもちゃのような人が本当にいると思ってるの。学校で日本史やったでしょう・・・」


説教モードに突入寸前、イヤーな事を思いだした。息子の先月の模擬試験、幕末の歴史が0点だった!すごい勢いで頭に昇っていった大量の血液が、またたく間に引いていく。息子は中学3年、受験生が西郷隆盛のきんたまのサイズを気にするだけの日本史でいいのか。山科けいすけのマンガより、あんたが一番バカだよ・・・。
説教より何か対策を講じなければ。日本史の知識が山科けいすけになってしまう前に何かしなければ。その時、息子の背後の本棚が目に入った。そうだ、これは最高に面白かった。教科書がダメでもこれを読めば少しはまっとうな歴史に興味がわくはず。竜馬が「ぜよぜよ。」だけの男ではない事がわかるはず。男なら一度は憧れる坂本竜馬、これを夏中に読破させるべし。こうして『竜馬がゆく』の第1巻は息子の手に押し付けられたのだ。


押し付けたものの、今まで挿し絵がない本を読んだ事のない息子である。中学になったら教科書に挿し絵が少ないと文句を言うようなやつである。はたして読めるんだろうか。息子の部屋のドアを細く開けてのぞいてみると、よ、読んでる!さすが司馬遼太郎である。名作の力はすごい。それにしても、うちの子もようやくここまできたか。胸一杯に暖かい気持ちが広がって、いつになく夜食を作ってやろうと、そっと台所に走ったのだった。冷凍タコ焼きをチンしながら、息子の成長を見届けた感動を味わっていた。

「小腹が減ったでしょう。たこ焼き食べてから続きを読めばぁ。」
口調もおのずと優しくなる。たこ焼きをパクつきながら息子が言った。


「お母さん、竜馬ってさぁ、僕よりばかじゃん。マンガは正しかったんだね。」
「はぁ?」
「だって、12才までおねしょして、はなたれで泣き虫で、寺子屋を退学になったんだぜ。」
「ちょっと、その本かしてみィ!」


息子が30分かけて読み進んだのは、たったの14ページだった。本文が始まるのは7ページ目からである・・・。もう、誰がバカでもいいです。早いとこ読み進んで下さい。竜馬がかっこいい男になるのを見届けて下さい。

その後、息子は何とか4巻読了までこぎつけた。竜馬のイメージも改善されたようである。司馬遼太郎先生はホントにすごい。うちの子ですら、初めて挿し絵なしの文庫本を読めるようになり感謝しています。(こんな感謝、失礼だよなぁ。)


サカモト 
山科けいすけ
竹書房  590円
何も言う事はありません。読んで笑って下さい。個人的には竜馬と勝先生が共に世界を語るところが好きです。

竜馬がゆく(1〜7)
司馬遼太郎
文春文庫  各巻520円
みなさん御存じの竜馬像の決定版。何も言う事はないです。竜馬に憧れる人が大勢いるのもうなずけます。憧れても、絶対に近付けない竜馬のすごさを堪能しましょう。