発熱悪夢本
ハイぺリオン(ダン・シモンズ)

 熱が上がったら、布団にくるまって寝てるのが一番。なんですがこれがけっこう退屈。誰でも1年に1回ぐらいは風邪で寝込むと思うんですが、みなさんはどうやってこの退屈な時間をやりすごしてるのでしょう。




 我が家には、「風邪を引いたら自然治癒力」と声高に叫ぶ人物がいるので、(ダンナです)たいていの場合、即座に隔離され、布団の中につっこまれ、あとはひたすら自力本願で治さなくてはいけない。その間看護は無し。全く無し。ほっておかれるのである。その間、家事からは解放されるので、布団の中に限り自由な時間はたっぷりできます。身体はきついが、とってもひま。誰も寄り付かない布団の中で、さみしさと退屈をかみしめてる訳です。

 今年5月の連休中に風邪をこじらせて38度の熱でうなっていた時、手元にあったのがダン・シモンズの『ハイペリオン』。連休中にこのシリーズで楽しもうと思っていたのに、風邪でダウン。重いハードカバーで、しかも活字は二段組のちっこい蟻の集団である。いかにも、発熱時に読んだらもっと熱が上がりそうな本。しかし、寝込む直前に購入したこの『ハイぺリオン』の誘惑は強力だった。

こんなことしてたら、治るものも治らないだろうなあ、と思いつつ読み始めてしまった。案の定、いつもの集中力や持続力もなく10分読んでは、30分ほどうとうとする繰り返し。頭がぼうっとしてるので、どこまで読んだかわからなくなりページをしょっちゅう前後する。最早これまでとあきらめかけた時、とんでもない夢が次々現れるようになったのです。

 うとうとしかけると、途端にシュールな夢が広がっていく。極彩色のイメージが次々と。まるで『ハイペリオン』の世界に入り込んだかのように、砂漠のまん中に巨大な円すいが、にょきにょき生えてくる。空中から巨大な銀色の物体が舞い降りて人々が逃げまどう。ジャングルの木々のてっぺんを飛び跳ねて渡っていく。久々のオールカラーぶっとび映像ではありませんか。まるで『マトリックス』と『スターウォーズ』と『エイリアン』のごちゃまぜ映画を見ているよう。

絢爛豪華な悪夢の世界が広がっていく。

 熱を出して2日め、『ハイぺリオン』も中程まで読み進んだ時、決定版が現れた!自由自在に空を飛ぶ夢!若い人には珍しくもない夢ですが、わたしは20年ぶりに空を飛びました。(成長期に付き物の夢らしい。)
なにせ20年ぶり、夢の中での私もあまりのうれしさに言葉にならない声をはりあげていた。
(現実世界においても、すごい声を出してうなっていたと家族が証言。)

 ビルとビルの間をすり抜け、急上昇、急降下も思いのまま。身体に感じる風圧も風切り音もリアルそのものだ。空中に静止し、高層ビル街を俯瞰する爽快さ。熱を出して寝込んでいた4日の間に合計5回も空を飛ぶ夢を見ることができました。熱を出したかいがあったというものです。悪夢はシリーズ最後の『エンディミオンの覚醒』の読了まで続いたけれど、空中を飛び回ったのは熱があったこの期間のみ。空を目指すには、強力に視覚イメージを呼び起こすSF発熱の2つの要素が必要らしい。

 ただひとつ残念なのは、夢の中の自分を自分で演出できなかったこと。空を飛ぶ夢の中では、必ず髪を振り乱し白いボロをまきつけた姿で、その身体はオレンジ色で痩せこけている。
妖怪オババのようなんである。小汚い姿なんである。職業はシャーマンらしく、若い娘に向かって呪文を唱えていたりで不気味でもある。(連続したストーリーがあったのだがはっきり覚えていない。)もうちょっと何とかならなかったのかと思うのだ。

 今度、発熱の気配があったら動けるうちに図書館に駆け込んで、悪夢を誘いそうな本を物色しようと思う。SFやファンタジー路線で視覚イメージに強く訴えるもの。今からリストを作っておいてもいいな。なんとしても、空を飛ぶ夢をもう一度見たい。再度チャレンジできたら今度こそ華麗な姿で飛び回りたいものである。ついでに美的欲求も満足させて欲しいと願っている。
空を飛ぶ夢よ、もう一度と思った方、ぜひ『ハイペリオン』を試してみてください。熱が出たら『ハイぺリオン』。ですよ。


ハイペリオン
ダン・シモンズ 酒井昭伸訳
早川書房  2816円

壮大なSF。ハイペリオンという名の辺境の星には『時間の墓標』と名付けられた遺跡がある。しかも遺跡周辺には『シュライク』という恐怖が存在するらしい。7人の巡礼がその遺跡を目指すことから物語りが始まる。様々な苦痛表現のオンパレード。みごとな悪夢本です。『ハイペリオン』はその後『ハイぺリオンの没落』『エンディミオン』と続き『エンディミオンの覚醒』で完結します。SFの定番、人類の存亡をかけた戦いがテーマだが、これがどっこい、どこに転がっていくのか予想がつかない。敵はいったい誰なんだ?謎ときのおもしろさも最高クラス。あー面白かった。